双極の波は あヲの波 創作とか診療日記とか

吐き出せない思いで窒息しないために

本の感想 『うたうおばけ』くどうれいん 『水中で口笛』工藤玲音

第165回芥川賞候補の『氷柱の声』の作者、くどうれいんさん(長い文章の時はひらがな表記、短歌・俳句の時は漢字表記)の第一歌集『水中で口笛』と、エッセイ集『うたうおばけ』を読んだ。

 

短歌の題材が、身の回りのもので、それがとても自然で、素敵に思えた。まずは、目の前にあるものを詠む。架空の恋歌の嘘っぽさみたいなものがない、というか。

 

お酒の名前が鳥の名前みたい、とか、他愛ない会話から生まれるような歌が良いなと思った。同郷の石川啄木が亡くなった年齢までに、歌集を出したいと思ったそうで、高校時代から26歳までの歌が収められている。嘘っぽさがないのは、ここに掲載されている以上に、ものすごくたくさんの歌を詠んできたからじゃないかと思う。

目の前のものを詠むというのは、当たり前のことかもしれないけど、わたしはハッとさせられた。家に籠っているわたしには、「目の前のこと」が少なすぎて、それを詠むという発想がなかったからだ。

 

一方、『うたうおばけ』は、「生活は死ぬまで続く長い実話」とあとがきに書いているように、身近な家族友人たちとのちょっとしたエピソードを綴ったエッセイだ。ちょっと短歌集の種明かしのような感もあって、たくさんの友人たちとの会話だのを読んでいると、とても豊かな生活だなぁと思った。だって、遠くから来た友だちをもてなすのに、「生うにの季節だから、うにを食べに行こう」って発想は、街中の何でもデパ地下で買える豊かさとは全く別物だ。こういう生活があって、友だちがいて、地の生活を表す地のことばがあって、歌がある。

 

都会に住む詩人の詩を読んだ後で、この2冊を読むと、風土の上に、工藤さん自身のことばが蓄積している確かな感じと、20代らしい柔軟さ、軽やかさが、合わさっているのが良く分かる。

 

小説も楽しみに読もうと思います。